貧乏おじさんの話

パート従業員おじさんの雑記 人生大変なんです。

旅立ち

おっかさんが、膵臓がんのため、令和2年8月22日午前6時45分に 享年85歳にて旅立ちました。

 

退院したときのおっかさんの状態を見て覚悟は決めていたんですが、思っていた以上深い悲しみで涙が止まらないんです。休職をして二か月半、おっかさんと過ごした日々は本当に幸せだったんです。一日三食食事を作りトイレに連れて行って下の世話をしたり体を洗ってあげたりととても楽しかったんです。家にいると、そのことばかり思い出して、一人で家にいるのが辛いんです。

 

おっかさん 退院なんです その2

看護師さんに診察してもらい、血中酸素がちょっと低いぐらいで特に異常はないので、オムツ交換や体拭きなどしてもらい、今後の対応など聞いて終了したんです。姉貴は3時前に帰って4時ぐらいになるとおっかさんが背中が痛いと言い出し、おじさんが座薬を入れてあげたんですが、実際一人でやると超大変なんです。うんちもちょっと出ていたのでオムツパットの交換とおしり洗浄もするんです。横向きにしても戻ろうとしますので、それを押えつつ座薬を入れ30秒ぐらいキープしてから指を抜くんですが、頑張って10秒が限界なんです。おっかさん顔を見るととても痛そうなので、家族の介護って辛いんです。

 

座薬を入れても30分ぐらい経たないと効きませんので、その間家に帰ってから薄眼で2回しか開かなかった目が、またちょっと開いたので、大好きなユリの花を近くに持って行き見せたんです。すると行き成り目がパッチリ開きビックリした~と大声で言ったんです。おじさんもビックリしたんですが、大好きなものに対する反応って凄いものなんです。しばらくして、おっかさんは落ち着いて寝始めたので、おじさんはシャワーを浴びて、食事をしてちょっとブログでも書こうかと思ったら、おっかさんの呼吸が、やたらとゴロゴロ痰が絡んでるんです。血中酸素を測ったら83とかエライ低くヤバいので、看護師さんに連絡したんです。取りあえずは酸素吸入を始めて、看護師さんは吸引機を持って来るとのことですので、おじさんは酸素吸引をしてあげて看護師さんを待ったんです。

 

看護師さんが到着して酸素を測ると91まで回復していましたが、痰が絡んでいましたので吸引しようとして鼻から入れようとすると、ものすごい勢いで払われちゃうので、口から入れたら噛まれて入らないんです。痰を取ってあげないと、また呼吸が乱れてしまいますの、何とか一回でいいから鼻から入れさせてと言ったら頷くんです。なので鼻から入れ始めたんですけど、もう大変。暴れまくって払われおじさん腕を思いっきり摑まれたんです。ほんの少し吸引できましたが、それがトラウマになって酸素吸入器を付けてくれなくなっちゃったんです。もう無理ですので、安定剤座薬を入れて落ち着いてきたところで看護師さんには帰って頂いたんです。

 

おじさんはブログを書いて、ちょっとテレビを見てから、おっかさんのベッドの隣に布団を敷いて寝始めたら、おしっこおしっことおっかさんが言い出し時計を見ると12時過ぎたところ。安定剤を使用したので最低でも3時間がぐらいは爆睡するかと思ったら、まだ1時間ぐらいしか経っていないんです。

 

ここから悲惨な夜の始まりなんです。

 

おっかさん 退院なんです。

10時退院ですから、9時30分に来て下さいと言われてもスムーズに終わる訳がないんです。まず薬剤師さんから説明を受けて、薬が多いので結構時間がかかるんです。その後急いで荷物をまとめるんですが、姉貴は横で見ているだけ。相変わらず使えないんです。そうこうしている内に介護タクシーの運ちゃんが小型のタンカー持って来るし、ドタバタなんです。

 

実はおっかんの弟さんが同じ病院に入院していて、ず~と会わせてあげてくれと言っていたんですが、コロナウイルスの影響で許可が出なかったんです。それでも当日もお願いしたらエレベーター前で会わせてくれたんです。おっかさんは薬の影響でぼ~としてまいたが、弟さんを認識でき5分ぐらいでしたが本当に貴重な時間だったんです。これでおっかさんは直ぐに介護タクシーに乗るので、会計は姉貴に任せて、おじさんは急いで帰宅したんですが、当然介護タクシーの方が早いので既におっかさんを玄関前に運んで待っていたんです。玄関よりおっかさんの部屋の窓から入れたほうが早いので、窓から2人で部屋に入れてベッドに寝かしたんです。本当にドタバタだったんです。

 

おっかさんは家に帰っても寝ている状態ですから、疲れもあると思い静かにしておいたんです。しばらくすると姉貴が帰って来て、途中で昼飯買ってきたと言いましたが、自分のだけ。13時に看護師さんが来るので、病院から持ってきた物を片付けたり昼食をとったりしていたんです。

 

時間は12時45分ぐらいですけど、おっかさんが急におしっこおしっこと騒ぎ出したんです。管付けていますのでそのまま出しちゃえばいいんですが、トイレに行く習慣が抜けないみたいなんです。その後、気持ち悪いと言い出しましたが、気持ち悪いときの薬は貰ってないんです。あまりにも気持ち悪いと言うので、先生に電話して薬の処方をお願いして、看護師さんが来る前に持ってきてもらう手配をしてもらったんです。そうこうしている内に今度はお腹が痛いと言い出し訳が分からないんです。するとうんちが出ると言い、おじさんは分かったんです。うんちをすれば気持ち悪いのと痛いのは治るなと。案の定うんちをしたら、すっかり治ってすやすや寝始めたんです。ここで看護師さん登場なんです。

 

つづく

 

おっかさん やばいんです その23

午前10時に病院に行ったんです。それで、退院後のおっかさんのケアについて説明を受けるんですが、直接看護師さんがおっかさんのケアをしながらおじさんが実際に手伝う形なんです。前回は意識がもうろうとしていましたが、おじさんの顔を見ると直ぐに分かってくれて以外に意識がハッキリしているんですけど、直ぐ目を閉じてしまうんです。

 

看護師さんの説明が始まりおじさんも手伝いながら作業をしていくんです。時々痛そうな顔をしたりするんですが、歯を磨こうとするとき自ら口を開いたりと、することが分かっている感じなんです。一通り説明が終わり看護師さんが出て行くと、おじさんはおっかさんの耳元で明日の朝迎えに来るよ言ったんです。嬉しそうな顔をするかと思ったら、なんで今日じゃないのと言うんです。行き成り言われたので準備ができなかったと言っても、なんで今日じゃないのの一点張りなんです。おじさんは謝るしかないんです。そのうち今日じゃないと間に合わない。明日じゃ遅いと言い出し、おじさん涙を流しながらそ~と抱いてあげるしかなかったんです。看護師さんが戻って来てお別れなんです。精神的に限界なんです。

 

午後は業者さんが来て、ベッドのマットをエアータイプに交換したり、電気屋さんが来て新しいエアコンに交換したりして、着々とおっかさんの帰宅準備を進めていったんです。おじさんも部屋の整理をしたり明日の準備をしたり、大変な2日間だったんです。おっかさんの介護は大変って思わないんですけど、それ以外のことは本当に大変なんです。明日は遂におっかさん退院ですので気合を入れていくんです。

 

貧乏日記で始めたブログですけど、それどころではなくなってしまったんです。展開があまりにも早くて、一人で家にいると嫌なことばかり考えてしまい、少しでも気をそらそうとブログの連投になってしまったんです。

 

おっかさん ヤバいんです その22

金曜日に病院に行って、日曜日に看護師さんから連絡が来て今の様子は変わりがないと。面会できないのは分かっていますので、読めるかどうか分かりませんが、手紙を書いて持って行ったんです。次の日の月曜日、先生から連絡が来たんです。毎回そうですが先生から直接連絡が来ると心臓が止まりそうなんです。

 

抗生物質を始めて4日目になり血液検査をしたところ、前回の値が下がらず逆に上がっていて、胆管炎の影響より癌の進行の方が遥かに早く、このまま抗生物質を続けても効果はないので止めましょうと。それで、これ以上の治療はないので明日にでも帰宅してよいでしょうと言われても、即答できる訳がないんです。毎回毎回、即答を求められるんですが、おっかさんの現在の様子も分からなので受け入れ態勢もできないですし。おっかんとおじさんの希望は帰宅に変わりありませんが、取り合えず考えて返事しますと電話を切ったんです。

 

いくら何でも明日は無理なのは分かってますので、2日後の水曜日に退院予定にして動いたんです。ケアマネと訪問看護師と訪問診療の先生に連絡して受け入れ態勢について話して、この暑さでエアコンの効きが悪いので近所の電気やさんに行って明日新しいエアコンを入れる予約を取ったんです。それから病院に連絡して水曜日に退院することを伝えて介護タクシーの予約を入れてもらったんです。それで明日、おっかさんのケアの説明をするので10時来て下さいとのこと。結局この日は8時ぐらいまで電話対応していたんです。

 

先週の金曜日に先生から電話が来て以来、毎日が怖くて仕方ないんです。食欲がなく食べ物を見ると気持ちが悪くなるんです。睡眠も2時間ぐらいで目が覚めてしまいますし。でも、そんなこと言ってる場合じゃないんです。

 

おっかさん ヤバイんです その21

病院に着き、まず先生との面談で胆管炎の詳しい説明を受けたんですが、あまりのショックで全身の震えが止まらないんです。抗生物質で胆管炎が治っても十二指腸から菌が入り込んで再び胆管炎になることが多く、もし抗生物質が効かなかったら死に関わると。さらに膵臓の癌が入り口を塞ぎ胆汁を止めている状態なので食事を止めること。食事を止めても大丈夫と言うことなんですが、体力が無くなって動けなくなると。もう涙が止まらないんです。おっかさんの状態を聞くと、胆管炎の影響で黄疸が出ていて意識ももうろうとしていると。

 

一通り説明を受けておっかさんとの面会です。前日におじさんがヘアカットの予約を入れて今朝カットをしたのでさっぱり短くなって可愛くなっているんです。ちょうど寝ていて看護師さんが起こしたんですが、先生が言う通り意識がもうろうとして、おじさんを認識できないんです。耳の聞こえも認知症も相当進んでいるようなんです。おじさんはホワイトボードに名前を書いて見せたら、やっと分かったみたいですが、ボ~としているんです。この前おっかさんのお花友達が持って来たお花の飾り物を見せたら、やっと声を出してどうしたのって聞いたので、またホワイトボードに書いて見せて理解したようなんです。それと2ヶ月前からおじさんが定期的に買って来たユリの花を毎日嬉しそうに見ていたので、写真を撮ってそれを持って来たので見せたんです。そこで初めてニコニコして嬉しそうに笑みを浮かべたんです。

 

その後は何を言っても反応はなく眠りについたんです。おじさんはいつも通り足のマッサージしてあげて、後はず~と手を握っていたんです。看護師さんがやって来て、トイレの後抱き着いてきて、多分息子さんと間違えたんじゃないと言われたんです。おじさんは何時もベッドに座らせるとき抱いてそ~と座らせてからそ~と枕に頭を下ろしていたので無意識に抱き着いたと思うんです。時間になり、おじさんはおっかさんの腕をおじさんの肩に回し、そ~と抱いたんです。おじさんず~と涙が止まらず、横で看護師さんも涙を流しているんです。抗生物質が効いて安定したら家に連れて帰るので暫くの別れですが、、、、

 

おっかさん ヤバイんです その20

一旦家に帰って再び病院に行き入院の準備ができるまで待っていたんです。ここまで順調に進んでいたんですが、ここからが長く結局全てが終わったのが4時近くになったんです。本当に長い一日だったんです。

 

金曜日に入院して火曜日に先生と面談し水曜日に退院予定だったんですが、面談でまだ痛みがあり頻尿が激しいので、薬を飲んで様子を見たいので退院は月曜日にしましょうと言われたんです。おっかさんに会うことはできなかったですけど、今迄とさほど変わりはないとのことですから、一先ず家に帰ったんです。

 

おっかさん帰宅のために掃除洗濯や介護用品の強化、ポータブルトイレなど準備を進めていたんです。本日金曜日にお墓参りして帰る途中で先生から電話があり容態が悪くなって胆管炎を発症して抗生物質の投与を始めたと。2日前には元気なのに家に帰してくれないと言って飲み薬の拒否も始めたとのことですので、面会禁止なのは分かっていますが、もう後悔はしたくありませんので、どうしても会わせてくれと頼んだんです。胆管炎を発症すると相当ヤバイようなので、おじさんも簡単に諦めることは出来ないんです。おじさんの熱意に先生は自分一人では決められないので、後で連絡するということで電話を切ったんです。

 

それから2時間後おじさんから病院に電話をして担当の看護師さんと話をすると、事情が事情なので特別に面会を許可するとのことで、おじさんはおっかんに会いに病院に向かったんです。

 

つづく